【辺境音楽マニア】サハリンの日本建築で戦国時代を装うロシアンヒップホップ

ロシアはデスメタル・ブラックメタル大国であるとともに、世界有数のヒップホップ大国である。一般層ではメタルよりもヒップホップの方が遙かに人気が高いぐらいだ。そのロシアのヒップホップシーンで最も人気のあるレーベルが、ロストフナドヌ出身のカリスマラッパー「Бастa」が率いる『Gazgolder』だ。

Gazgolderには「Скриптонит」や「Словетский」など、今のロシアのヒップホップシーンで人気のラッパー達が数多く所属しているので、そのYouTubeチャンネルは、ロシアンヒップホップ好きは要チェック。今回はそのなかでも異質な1組を紹介したい。

・まるで『ラストサムライ』のようなビデオクリップが

先日、Gazgolderの新曲を聞き流していたところ、妙にオリエンタルな雰囲気のメロディーが流れているのに気が付いた。映像を見てみると、なにやら鳥居が出てきたり、着物を着た女性が出てきたりと、妙に日本チックである。途中でまるで映画『ラストサムライ』のトム・クルーズのように見える白人男性が、武士の鎧のようなものを纏(まと)ってラップをし始めた。

実はロシアのヒップホップでは日本の歌謡曲や演歌をバックトラックにサンプリングしたり、意味もなく日本語が頻繁に登場してくる。最初にこの曲を耳にした時、「またか……」と思った。多民族国家なので、アジア人風の女性がいるのもおかしな話ではない。しかし、ここまで露骨に戦国時代の日本を意識したヒップホップは珍しい。

・帝冠建築風の建物が映る

さらによく画面に注視してみると、いかにも戦前日本の帝冠建築風の建造物が出てきた。わざわざヒップホップのビデオクリップのために、セットを作る訳もないし、日本ロケをするほどの予算もないだろうと思っていると、「ひょっとして……?」とひとつの疑問が浮かんだ。「これはもしかしてサハリン?」。サハリンの歴史書を読んでいて、見覚えのある建物に見えたのだ。

そして検索すると、やはり「サハリン州郷土博物館」が、まさにこのビデオクリップで出てくる日本風の建物だったのである。この建物は日本統治下で「樺太庁博物館」として建造され、それをそのままソ連、そしてロシアが引き継いで活用しているのだ。ヒップホップのビデオクリップで、それをあたかも戦国時代の日本で撮影したかのように利用したということである。

・日本人風の女性はウズベキスタン生まれの朝鮮系

この曲について調べてみると、日本人女性に見える(東南アジア女性風にも見えるが)歌手は、「Эра Канн(Èra Kann)」。ウズベキスタンのサマルカンド出身の24歳で、母親が朝鮮系とのこと。ウズベキスタンや中央アジアには、元々極東ロシアに住んでいた朝鮮族が、スターリンによって強制移住させられたので、そのルーツということだろう。

「Эра Канн」はロシアのサラトフに移住し、その地の音楽学校で学んだ後、モスクワの音楽大学でジャズを専攻する。そして数々のフェスティバルで人気を博し、ミュージシャンとして本格的に活動するに至っている。そしてカリスマラッパー「Баста」から声が掛かったようだ。

ちなみにサハリンには日本統治下の樺太時代に移住した朝鮮人が、ソ連占領後に朝鮮半島に帰国できず(多くの朝鮮人が朝鮮半島南部出身だったが、自由主義陣営の韓国とソ連は国交がなかったため)、日本に来る訳にもいかず、残留者が多く発生してしまったことでも知られている。

・日本、ロシア、韓国の複雑な歴史が凝縮

そう考えると、このビデオクリップひとつ見るだけでも、色々と複雑である。スターリンの強制連行によってウズベキスタンで生まれた朝鮮系ロシア人の女性が、残留朝鮮人を多く生み出してしまったサハリンの日本植民地時代の建物で、日本人のフリをしながら、アメリカ黒人由来のヒップホップを、ロシア語で歌っているという現象。

ちなみに男のラッパーの「Саша Чест(Sasha Chest)」の方は、1987年シベリアのトムスク出身。トムスクの名門ヒップホップレーベル「Black Star」に所属した後、ロシアのヒップホップシーンで人気のTimatiとコラボしたり、数々のラップバトルに出演する。現在は拠点をモスクワに移したようだ。

・歌詞に日本ぽさは見当たらない

さてこの「Холодно(Holodno)」という曲、何か日本をテーマにした内容の歌詞なのかと思いきや、あまりにも抽象的で特に日本の固有名詞などは出てこない。タイトルの意味自体は「冷たい」で、サビで連呼される部分も「凍っている、ゆっくりと、ゆっくりと、止まって、離れないで」と言った訳で、あまり意味がない。

なぜ、ビデオが日本の戦国時代風のコンセプトのものになっているのかは全く不明である。サハリンとは関係ないロシア人があの建物を見て、「あれは日本ではなくて、サハリン州郷土博物館だな」と気が付くのかどうかという事も、気になるところではある。

以前の記事で、サハリンのメタル事情を解説したが、日本から至近距離にあるにもかかわらず、日本ぽさを感じさせる要素は何も見いだせなかった。しかしヒップホップにおいては日本とロシア、そして朝鮮の複雑な歴史を考えさせられるビデオクリップが作成されていたのである。

何気ない日本かぶれ風のヒップホップビデオクリップも、色々と考察を重ねると面白さや奥深さが潜んでいる。この曲自体はかなりつまらないのが残念なのだが。

参照元:YouTube
執筆:ハマザキカク